「ニュューロダイバーシティ」の概念が、少しずつ知られるようになりました。しかし、誤解されたくないのは、この概念が単なる「個性」や「発達障がいの言い換え」の話とは異なる、ということです。
私たち、当事者は深刻な「生きづらさ」に直面しています。
筆者自身も、10年間いじめを受けました。どうにか周囲に適応するために「発達障害」の診断を受け、様々な努力をしました。しかし、自分の内面を抑え続ける暮らしは苦しく、精神疾患になってしまった経験があります。
このような事例は、珍しいことではありません。研究によれば、当事者の66%が「死にたい」と感じている状況があります。1
そんな中で、「ニューロダイバーシティ」(脳の多元性)という概念が、苦境に直面している当事者のコミュニティの中から考案され、発展してきました2。
生きづらさを「個人の問題」として捉える視点
私たちが直面している生きづらさの原因が、「頭に欠陥のあるからだ」と語ること3も、「努力不足」や「わがまま」のような道徳論・精神論で説明しようとする語りも、生きづらさを「個人の問題」として捉えている点では同じです。
どちらの場合においても、「あなたたちに特有のあり方は劣ったものなので、多数派と同じように振る舞うべきだ」という考えが前提になっています。
ニューロダイバージェント(発達障害者)である筆者自身も、「多数派と同じように振る舞う」ための努力を続けてきました。しかし、何度も病院に行き、努力を重ねることで自分の内面を隠しても、「生きづらさ」がなくなることはありませんでした。
一方で、自分の特性に合った環境においては、自分の特性がむしろ長所になる経験をしました。例えば、関心があることを自由に探求できる状況では、ADHDであっても作業に集中して多動力を発揮したり、自閉特性を活かして専門性を深めることができるたりする場合もあります。
ニューロダイバーシティ
「ニューロダイバーシティ」という言葉の前提には、「異なる特性の人が社会にいること」への考慮が大切だという考えがあります4。例えば、「自分の考えを持つよりも、空気を読める協調性が大事」「時間に厳密になることが大事」という価値観は、当事者の発達特性とは相性が悪い場合も多いです。このような価値観は、無意識な判断の前提になることが多いですが、別の価値観の環境も無数に成立しているので、「絶対的な真理」だとは言えません。
むしろ、人類史上の発明からスマートフォンや電気自動車の普及、そして日常の仕事に至るまで、文明社会の発展は異なる発達特性の人が協力することで進んできました5。
環境や社会の視点が大事
実際に対等な環境を確保することをせずに、ニューロダイバーシティを単なる「発達障害の言い換え」や「役に立つなら個性として認めてあげる」と解釈するのは、実際の言葉の意味とは全く異なる誤用です6。実際に、英語でニューロダイバーシティについて検索しても、発達障害を「個性として捉える」という趣旨の説明は全く見つかりませんでした7。福祉企業などが「ニューロダイバーシティ」という言葉を掲げる事例も散見しますが、単に「役に立つ”個性”を黙認する」だけでなく、具体的に環境や社会を変え、当事者の幸せに資することが大事だと思います。そもそも適切な環境がなければ、当事者が「役に立つ」ことは難しいでしょう。
現在、標準的な環境ではニューロダイバージェントの特性が考慮されず、偏見やいじめが蔓延しています。それに対して、従来の医学モデルは、マイノリティを多数派と同じあり方へと導びこうとして、社会の問題は放置されているように思えます。「障害は個性」というような単純な視点も、社会における生きづらさを無視しているという点で同様です。
したがって、私たちは本来の「ニューロダイバーシティ」の趣旨である人権の尊重や社会変革に注目し、様々な立場の当事者や組織と連携することで、事業を行っています。
同じ思いがある方は、ぜひ私たちのコミュニティに参加してください
参考記事:ニューロダイバーシティへの批判はある?発達障害の当事者が解説
- アスペルガー症候群の成人が希死念慮を抱いている割合。
出典:Sarah et al (2014).Suicidal ideation and suicide plans or attempts in adults with Asperger’s syndrome attending a specialist diagnostic clinic: a clinical cohort study Cassidy, The Lancet Psychiatry, Volume 1, Issue 2, 142 – 147 ↩︎ - 出典:Botha, M., Chapman, R., Giwa Onaiwu, M., Kapp, S. K., Stannard Ashley, A., & Walker, N. (2024). The neurodiversity concept was developed collectively: An overdue correction on the origins of neurodiversity theory. Autism, 28(6), 1591-1594. https://doi.org/10.1177/13623613241237871 ↩︎
- Medical model (医学モデル)と呼ばれる考え方で、当時の専門家による主流な見解でした。 ↩︎
- 「ニューロダイバーシティ」という言葉自体は、単に「一人ひとりの発達特性は異なる」という事実を示しますが、その言葉の背景にニューロダイバーシティ(脳の多元性)を考慮することが大切だというニュアンスがあります ↩︎
- この点に関しては、複数の研究や文献が錯綜している。
関連書籍の例 … ザ・パターン・シーカー:自閉症がいかに人類の発明を促したか ↩︎ - 実際のニューロダイバーシティの定義には、「個性」という言葉は使われていません。参考:Nick Walker. https://neuroqueer.com/neurodiversity-terms-and-definitions/ ↩︎
- 例えば、「neurodiversity as personality」とGoogleで検索したところ、発達障害を「個性として捉える」という趣旨の説明は全くヒットせず、むしろ人権運動としての側面や環境調整についての記事がヒットしました。したがって、発達障害を「個性として捉える」という解釈は日本に特有の誤訳であると考えます。 ↩︎